そう思いながら、山岸レイは8階のある部屋に入った。引越し業者がもう荷物を運んだらしく部屋の中はがらんどうだ。
「おお、レイ。遅いよ、もう終わったぞ」
奥からこの部屋のもと住人、前田達也が顔を出した。
「もとから手伝う気なんてないわよ。今日は文句を言いに来たの」
掃除でもしていたのだろうか、達也の手には雑巾が握られていた。
「掃除なんてこっちで業者いれてするから、いいわよ。あ、雛ちゃんはどうなの?調子」
この部屋の隣に住んでいた皆川雛子、この家は先月、先に引っ越してしまった。このマンションの持ち主であるレイとしては、良い住人が出て行くのは結構つらい。ましてや出て行く理由を作ったのが目の前にいる達也だから、見るとムカムカする。
「ああ、いま家で寝てるよ。つわりがひどいみたいで」
まったくこいつは・・・隣の人妻に手を出し、しかも妊娠させたという。離婚の原因も作ったのだ。
「・・・たっちゃんって、ほんとに悪よねえ・・・他人の家をずたずたにして」
数ヶ月前に達也に頼まれたことを思い出していた。何気なしにレイが管理人室あてに妙な手紙や電話があることを達也に言ったときだ。管理人はレイの仕事仲間で、今は引退しレイのマンションの管理を任されていた。
「遅かれ早かれ、皆川夫婦は駄目になってたよ。俺はただきっかけを作っただけだ。あの浮気相手の女もまさか本当に管理人が雛を襲うなんて思ってなかったんだろう。ただ鬱憤を晴らすためにあること無い言って、雛を苦しめてやりたかったのさ」
管理人に手紙や電話をしてきたのは間違いなくあの浮気相手の女だ。それの裏は取れている。ただ、達也はそれを利用して皆川雛子に決定的なダメージを与えた。レイプ未遂として。
「たっちゃんから雛ちゃんを襲ってくれって頼まれた時はびっくりしたわよ。私もあんたには借りがあるから・・・おかげて管理人は変えなくちゃなんないし、あんたもお隣さんもでていっちゃうし、こっちとしては散々なんだからね」
「レイにも管理人のおっさんにもそれなりの謝礼はしただろ?それに襲う振りだけって頼んだのにあのおっさん、思いっきり指いれたじゃねえか。こっちが違約金もらいたいくらいなのに」
確かにそのことについてはレイは管理人を締め上げた。しかしそれくらいしなければ芝居だと見抜かれる、というのが管理人のいい訳だ。
「・・・まあ、結果上手くいったからレイには感謝してるよ」
駄目になりそうな夫婦が駄目になり、達也は欲しかった女を手に入れた。
「で・・・どうなのよ、たっちゃんは」
「どうって・・・何が?」
強引に奪った女とは幸せになれるのだろうか、いずれ雛がこのことに気づくときが来るんじゃないか、そう思わないのだろうかとレイは思う。
「・・・いや、何でもない・・・」
変なやつだなあ、と達也は言い、あ、と何かを思い出したように大声をあげた。
「俺、今日の検診一緒に行くって約束してたんだった。今何時だ?あ、間に合うな。おいレイ、部屋この状態で引き渡していいか?」
鍵をレイに渡すと達也は慌てたように、靴を履き、出て行こうとした。
「あ!ちょっと待ってよ、たっちゃん」
「なんだ?」
何が聞きたいのか、でも彼らは幸せだということを確かめたかった。
「・・・雛ちゃん、大事にしてね・・・赤ちゃんいるし・・・」
達也は何を聞いてるんだという呆れた顔をしたが、
「おお、大事にしてるぞ。最近はセックスも優しくしてるし」
「ばか!そんなこと聞いてないわよ!」
強引に奪った女だからこそ達也は大事にするだろう。
「落ち着いたら久美子と一緒に遊びに来いよ。雛も喜ぶ」
達也に手を振りながら、大きなお腹の雛とその横で笑う達也の姿が想像できた。あ、大丈夫かも。きっとあの二人なら大丈夫。遊びに行くときにはあのパン屋さんのパンとサンドウィッチがいいかな、と考えながらレイは手を振っていた。
終わり
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長い間、読んでいただきありがとうございました。
読み返して、雛ちゃん子供産んだら色々手続きが面倒だろうなあって思いますが
幸せならいっか、と思ってます。
次回作は官能小説では避けては通れない?
童貞モノにチャレンジします。
またよろしくお願いします。